最も大切なもの

谷口明法

聖書箇所 マタイ6章19〜21

「自分の宝を地上にたくわえるのはやめなさい。そこでは虫とさびで、きず物になり、また盗人が穴をあけて盗みます。自分の宝は、天にたくわえなさい。そこでは、虫もさびもつかず、盗人が穴をあけて盗むこともありません。あなたの宝のあるところに、あなたの心もあるからです。」

● さて、しばらくユース・ハーベスト・チャーチの基本的な信仰について学んでいますが、今日は少しそれをお休みして、別のテーマでメッセージをします。

● 今日の聖書箇所はマタイ6章19〜21節ですが、この箇所も含めて、聖書は聖書全体をトータルに読まなければ、すなわち近視眼的に読んでしまうと神様からのメッセージを聞き逃したり、誤解したりします。極端になると聖書を土台にした異端やカルトまで出てくるのです。

● それでは、今日の箇所から先ず、イエスが意図しておられないことを学び、イエスが語ろうとしておられることを次に学びたいと思います。

(1) この箇所でイエスが教えておられないこと

● 19節でイエスは確かに、「自分の宝を地上にたくわえるのはやめなさい。」と言われました。しかし、短絡的に「お金儲けは悪、また罪である。」という結論を出すようにとイエスは教えておられません。

● 1テモテ6章10節には、「金銭を愛することが、あらゆる悪の根だからです。ある人たちは、金を追い求めたために、信仰から迷い出て、非常な苦痛をもって自分を刺し通しました。」とあります。また、ヘブル13章5節は「金銭を愛する生活をしてはいけません。」と書かれています。悪であるのは「金銭」ではなく、「金銭を愛すること」であり、「金銭を愛するわたしの心」なのです。

● 第二に、イエスが「自分の宝を地上にたくわえるのはやめなさい。」と言われたからといって、「お金や財産をたくわえるのはいけない。」と教えておられるのだと考えてはならないのです。箴言13章22節では、「善良な人は子孫にゆずりの地を残す。罪人の財宝は正しい者のためにたくわえられる。」と語っているのです。

● 第三にイエスがこの箇所で教えておられないことは、「天国だけが人間にとっていちばん大切である。」ということです。20節でイエスは「自分の宝は、天にたくわえなさい。」と言われました。しかし、それは天国だけをあなたの関心ごとにしないさい。それ以外の地上のことを考えてはいけないと言うことではありません。

● 事実、イエスは同じ章の少し前で、主の祈りを教えておられます。

「天にいます私たちの父よ。御名があがめられますように。御国が来ますように。みこころが天で行われるように地でも行われますように。・・・」

● この主の祈りで大切なことは、神が地上に関心をお持ちだということです。御国が来るべきところは地上です。神のみこころがなされなければならないのは、この私たちが暮らす地上なのです。そしてそのように祈りなさいと主の祈りをくださいました。

● 多くのクリスチャンが天国のことばかり考えて生きています。地上の暮らし、信仰生活が楽しくないので天国のことばかり考えていきているのです。しかし、イエスはクリスチャンは地上に神の国が拡大するように、地上に神のみこころが行われるように生きなさいと祈りを通して教えておられるのです。

● さて、3つのイエスの教えておられないことを見てきました。第一は、イエスは「お金儲けは悪い」と教えておられないということでした。第二は、「お金や財産をたくわえることはいけない」とは教えておられないということ。第三は「天国だけが人間にとって一番大切だ。」とは教えておられないということです。それでは、この箇所を通してイエスが語ろうとされたことは何なのでしょうか?

(2) イエスが教えられたこと

● イエスは「お金」を問題とされたのではなく、「お金を愛する心」を問題とされました。ですから21節で「あなたの宝のあるところに、あなたの心もあるからです。」と言われたのです。人の心は宝にとらえられるものです。「いえ、私には宝なんかありません。」と言う人もいるでしょうが、それはその人が気づいていないだけなのです。必ず、宝を持っているのです、そしてその宝は何か、それは心のありかを探せばいいのです。

● ある人にとってそれはお金かもしれません。また家族かもしれません。物であるかもしれませんし、人や名誉であるかもしれません。ですから人間にとって宝を持つか持たないかが人生の問題ではなく、どれを宝としているかが問題なのです。

● イエスは「あなたの心はどこにあるのか?」というチェックをしなさいと教えておられます。

● 第二にイエスが「自分の宝は天にたくわえなさい。」と言われる時に、「一時的なものに信頼をおくのではなく、永遠のお方、イエスキリストの神に信頼をおくこと」を教えておられるのです。

● マルコ8章36節でイエスは「人は、たとい全世界を得ても、いのちを損じたら何の得がありましょう。」と言われました。しかし、事実は一時的なものに信頼をおいている人はみな全世界を得るためにいのちを投げ出している人たちなのです。本当の未来志向の人だけが、永遠から今を考え、永遠のお方に信頼して生きようとするのです。

● ゲイリー・ノースという歴史経済学の博士のニュースレターの中に、日本でもベストセラーになったロバート・キヨサキの「金持ち父さん、貧乏父さん」のことが書かれていました。この本は世界中で何百万冊も売れましたが、ノースはその本に書かれている原則を自分の子供に対して実行に移した親はほとんどいないだろうと言っています。その理由はほとんどの人々が「未来」志向ではなく、「今、現在」志向だからだという理由です。

● さて、イエスのたとえ話にもそのような人物が登場します。ルカ12章16〜21節を読みましょう。

「それから人々にたとえを話された。『ある金持ちの畑が豊作であった。そこで彼は、心の中でこう言いながら考えた。『どうしよう。作物をたくわえておく場所がない。』そして言った。『こうしよう。あの倉を取りこわして、もっと大きいのを建て、穀物や財産はみなそこにしまっておこう。そして、自分のたましいにこう言おう。『たましいよ。これから先何年分もいっぱい物がためられた。さあ、安心して、食べて、飲んで、楽しめ。』』しかし、神は彼に言われた。『愚か者。おまえのたましいは、今夜おまえから取り去られる。そうしたら、おまえが用意した物は、いったいだれのものになるのか。』自分のためにたくわえても、神の前に富まない者はこのとおりです。』

● この金持ちの問題は心がお金に、また財産にあったことです。一時的なものが永遠にあるように信じ込んでいたのです。彼は自分では富んでいると思っていましたが、実は富まない者だったのです。いえそれどころか神から「愚か者」と呼ばれる者だったのです。この愚かさは人生を近視眼的にしか見ていなかったからです。本当の未来志向の人は「宝を天にたくわえる」すなわち「その心を永遠におく」人なのです。

● 占いが流行るのはどうしてでしょうか?将来が不安だからです。将来がはっきり分かったら今を安心して生きられるのにと考えるのです。その通りかもしれません。しかし、神は神に信頼することを通して将来が安心なのだと言われます。

● チャールズ・ディケンズの「クリスマス・キャロル」というのがあります。スクルージーという強欲な商売人が出てきます。彼はクリスマスの時に3つの幽霊に出会い、3つのビジョンを見せられます。「自分はどのようであったか。」、「今はどうか。」「そしてその結果は。」という3つです。彼はそれを通して強欲から開放され、良い人に変わるのです。

● イエスは私たちにみことばを通して、「私たちはどのようであったか。」、「今の私はどうか。」、「その結果はどうなるのか。」を教えてくださっています。あなたのこころはどこにあるのでしょうか?イエスキリスト、この永遠のお方こそ、私たちの宝として心をおく最も大切なもの、いえお方なのです。


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