
あなたの計画をころがせ
谷口 明法
聖書箇所 箴言16章1〜3節
● クリスチャンならば、イエスキリストの神が主権者であり、すべてのことを支配しておられるということに同意されることでしょう。あの「われの辞書には不可能という文字はない。」と言ったナポレオン・ボナパルトは、「人は計画し、神は成否を決する(ことのなりゆきを定める)。」(英語でMan proposes, God disposes.)ということわざをあざ笑って、「自分で計画し、自分でことのなりゆきを定める。」と決心しました。しかし、彼の最後は自分の計画した通りにはならなかったのです。私たちは、神がすべての支配し、神がことの成否を決する方であると分かっていても、実際にその信仰・信念に生きているかどうかは別問題なのです。
● 2003年、この一年をどのような姿勢で歩んでいくことが聖書的な生き方なのでしょうか?箴言16章1〜3節を読んで学びましょう。
(1) ベストを尽くして考え生きよ、しかし最終権威が神であることを忘れるな!
● 1節を見ましょう。「人は心に計画を持つ。主はその舌に答えを下さる。」(新改訳)は、ヤングの直訳聖書によると、「心の計画は人に属し、神から舌の答えは来る。」と訳されています。
● 神は私たちに考え、計画する自由を与えてくださっています。私たちの頭脳、思考力は神からの賜物なので、私たちは与えられたものを用いてベストを尽くして考え、計画しなければなりません。(時として、思考することは信仰に反すると思って、思考することを捨てるクリスチャンがいることは残念でなりません。)
● しかし、同時に、私たちは自分の思考が完璧ではないこと、計画が完全ではないことを理解しておかなければなりません。答え、また結果は神に属することなのです。
● 民数記22章にモアブの王バラクと預言者バラムの話があります。バラク王はイスラエルの民を呪うために、預言者バラムを雇うのです、大金で雇われた預言者バラムは心で自分の計画を立て、イスラエルを呪おうとするのですが、結局神は預言者バラムに働き、バラムの口にイスラエルの祝福を置かれたのです。
● 神がこのような方であるならば、私たちはベストを尽くして神の栄光のために考え、計画するならば、その結果はどのようにすばらしいものとなるでしょうか。
● あるニュースレターでこのようなことばを見つけました。「あなたは自分の人生を延ばすことはできない。しかし、それを用いることはできる。あなたは自分の顔形を変えることはできない。しかし、その表情を変えることはできる。あなたは天候を変えることはできない。しかし、あなたのまわりの雰囲気を変えることはできる。あなたは地面から頭までの距離を変えることはできない。しかし、あなたの頭の中身の質を変えることはできる。あなたは友だちのあなたを不快にする間違いを変えることはできない。しかし、同じ間違いを犯さないようにすることはできる。あなたはなぜ自分の力でどうすることもできないことに悩むのか?あなたに任されていることにしっかりと取り組みなさい。」
● この一年、神を生活の中心にし、ベストを尽くして考え計画して過ごしましょう。
(2) あなたの計画を神の前にころがせ
● 箴言16章3節は、さらに「あなたのしようとすることを主にゆだねよ。そうすれば、あなたの計画はゆるがない。」と言います。さきほどの直訳聖書では、「あなたの働き(業)を主にころがせ。そうすればあなたの目的は確立する。」となっています。また、現代英訳聖書では、「あなたの計画を主と分かち合え。」と訳されています。
● 私たちが考え、計画したことは自分の手に握っていてはいけません。それを神の前にころがす、分かち合う、ゆだねる必要があるのです。
● ここで注意しなければならないのは、主の前にころがすこと、主にゆだねるということは何もしなくなるということではないということです。2テモテ1章12〜14節でパウロはテモテに、「そのために、私はこのような苦しみにも会っています。しかし、私はそれを恥とは思っていません。というのは、私は、自分の信じて来た方をよく知っており、また、その方は私のお任せしたものを、かの日のために守ってくださることができると確信しているからです。あなたは、キリスト・イエスにある信仰と愛をもって、私から聞いた健全なことばを手本にしなさい。そして、あなたにゆだねられた良いものを、私たちのうちに宿る聖霊によって、守りなさい。」と語りました。私たちが神にゆだねて生きるとき、神も聖書のことばを土台として、よいものを私たちにゆだねてくださるのです。このことは私たちが信仰をもって、神に自分自身の計画や働きをころがしたとき経験できることなのです。
● 最後に、ランズさんの話をもってメッセージを終わりたいと思います。みなさんは、昨年起こったワシントン近郊での狙撃犯事件を覚えておられるでしょうか?10数名が狙撃され、10名がいのちを失ったという悲惨な事件です。狙撃犯は捕まりニュースとして出ましたが、その逮捕劇の中にクリスチャンが中心的な働きをしたことなど、メディアは取り上げてくれません。
● ランズさんは61歳のトラック運転手です。彼は5年前まで熱心なクリスチャンではありませんでした。しかし、死につつある息子の前で彼はイエスキリストにゆだね、神に仕えていくという決心をしました。それ以来、彼は貧しい人々に食べ物を届けたり、教会の男性会のディレクターとして仕えました。
● ケンタッキーからメリーランドに荷物を運ぶ途中、彼はラジオを聞いていましたが、狙撃犯のニュースに彼は驚愕しました。しかし、彼はそのために何かしなければいけないと考え、CB無線で、祈り会を開く知らせを流しました。その祈り会のためにトラック運転手50名とその他に200名の人々が集まってきたというのです。彼らは犠牲者のために祈りました。また狙撃犯逮捕のために神の助けがあるように祈りました。
● 10月23日(水)は休みの日でしたが、急用で職場から呼び出され仕事をすることになりました。運転の最中に、彼はラジオから犯人の車の特徴を知りました。めずらしいことに彼は3度も検問で止められ、その度に予定の時間よりもスケジュールがおそくなりました。仕事の帰りに彼は休憩所に止まりましたが、そこでラジオが語っていた狙撃犯の車と同じ特徴の車を見つけたのです。ランズさんはすぐに110番(アメリカは911)し、自分のトレーラーで道を塞ぎ、CB無線機で仲間のトラックを呼び、入り口を封鎖してもらいました。15分の後にその場所は警官でいっぱいになりました。こうして狙撃犯たちは逮捕されたのですが、それはあの祈り会をもった場所から30マイル(50キロ)と離れてはいないところだったのです。ランズさんは連続狙撃事件のために神に祈り、ゆだねました。しかし、彼は何もしなかったのではありません。神の手となり足となって働き、狙撃犯を捕まえたのです。
● あなたはこの一年をどのような一年にしたいと願っておられるでしょうか?神の栄光があなたから現されるために、あなたの働き、計画を主にころがしましょう。