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世 々にわたって(終わりのない世 界・World Without End)
by ドン・K・プレストン

世紀の変わり目にあたって「世界の終わり」の憶測が流行っています。しかし、聖書はほんとうに時の終 わりを預言しているのでしょうか?聖書の用語である「終わりの時」は時間の終わりか、ある時代の終わりの日々のどちらを言っているのでしょうか?

聖書の事実

事実 #1

創世記6章で神が洪水によって世界を滅ぼされたとき、「私がしたようには決して再びすべての生き物を滅ぼすことはしません。」(創世記8:21)と神は約 束されました。これは普通、「私は世界を再び滅ぼします。次の時は火によって滅ぼします。」という意味に解釈されます。読者のみなさん、「私がしたよう に」というのは水や「生き物」のことを言っているのでしょうか?伝統的な解釈はそれが水のことを言っているとします。しかしそれは神がご自身の造られたも のへのあわれみよりも滅ぼすための方法により関心をもっておられることを意味します。神は人が「その心に計ることがみな、いつも悪いことだけに傾く」ので 洪水をもたらされました。神は罪のゆえに洪水を起こされたのです。しかし創世記8章21節では、「人の心のおもい計ることは、初めから悪である」ことを知 り、再び生き物を滅ぼさないと誓われたのです。神は世界の悪のために洪水で世界を滅ぼされましたが、人は変わらないので再び世界を滅ぼさないと誓われた のです。この事実にも関わらず、現代の理論は神が人の罪のために世界を滅ぼされることを主張します。神が世界を滅ぼされるまで、世界は悪くなる一方である とずっと教えられてきました。しかし、悪人たちを滅ぼすための被造物の未来に起こる破壊は人の罪のためには神の創造を滅ぼさないという約束に矛盾しま す。それでは、どのように「終わり」についての箇所を解釈すべきなのでしょうか?

事実 #2

聖書は「時の終わり」についてどこにも語ってはいません。「終わりの時」についていつも教えられてい ます。このふたつは大きく違います!

残念なことにいくつかの翻訳は「時の終わり」ということばを用いていますが、これは正しい翻訳ではあ りません。黙示録10章6節はよい例です。正しい訳は「もはや遅れることはない」というものです。これはとても大切なことです。黙示録でヨハネは旧約の預 言者たちが預言したすべてのことがらの成就が近づいていることを見ています。これらの預言は何百年も前から預言されて来ました。例えば、ダニエルは彼が見 たヴィジョンは自分の時代のためではなく、終わりの時(12:4,9)、また終わりの日(2:28)のためだと教えられました。イザヤとヨエルもまた自分 たちの預言が「終わりの日」(イザヤ2:2、ヨエル2:28~)のためだと教えられました。預言者たちは彼らの預言が「終わりの時」であると知っている が、ヨハネは預言者たちが預言したことの成就は「もはや遅れることはない」と教えられたのです。

成就のときはヨハネが聖書を書いたときに到来した

ヨハネは明らかに「時の終わり」ではない、「終わりの時」に生きました。ですからヨハネは1ヨハネ2 章18節で「今が終わりの時です」と記したのです。1ペテロ1章10~12節で、ペテロは預言者たちは彼らが預言したことが自分たちの時代のためではない ことを知っていたと言いました。しかしペテロは彼らが預言した救いは「終わりの時に現わされようとしている」と言い、彼はその終わりの時に生きていました (1ペテロ1:3~20)。 ペテロとヨハネが生きていて、聖書を記していたとき・・・終わりの時・・・は、かつては遠いことがらであったことが明らかにされようとしていました。彼ら はユダヤ人の終わりの時代に生きていました。これはマタイ24章3節で弟子たちが尋ねたことです。「あなたの来られる時、時代の終わりにはどんな徴があり ますか?」

弟子たちが質問したのは時の終わりではなく、時代の終わりだった

イエスはマタイ24章14節以降で、しるしを上げて、それがその時代のうちに起こることをマタイ24章34節で語られまし た。その時代の終わりはエルサレムの崩壊において裁きとしてもたらされたキリストの再臨をもって起こるべきことでした。マタイ16章27、28節でイエス はその時代の人々がいなくなる前に起こると言われました。聖書のどこにも一世紀の霊感された聖書の著者たちからはるかに離れた「終わり」については書かれ ていません。彼らはいつも1ペテロ4章7節のように、「すべてのことの終わりが近い」と言いました。ペテロが手紙を書いたときに「すべてのことの終わりが 近い」なら、どうして彼が「時の終わり」について語ったと言うことができるでしょうか?2000年が過ぎ、2000年は「近く」はないのです。そうです、 時の終わりではなく、ユダヤ人の時代の終わりなのです。

終わりの時とは対照的に、聖書はクリスチャンの時代に終わりがないと断言します。イザヤ9章6,7節 で、ダビデの王座にキリストの支配は確立され、キリストの統治と平和の拡大に終わりがないことが預言されています。キリストの王座に終わりはありません。 千年の制限も、時の終わりの制限もありません。ダニエル2章44節と7章13,14節はキリストの王国は決して滅びることがないと語ります。ルカ1章32 節以降で、天使はマリヤにイエスにはダビデの王座が与えられ、彼の王国には終わりがないことを教えました。パウロはエペソ3章21節で、「世々にわたって (終わりがない世界で)」神に栄光をもたらすことが教会の使命であると言います。

要点は何か?

伝統的な終末論は教会は王国へと移っていく(前千年王国説)か、キリストは時の終わりに王 座を明け渡す(無千年王国説)かのどちらかです。どちらの説もクリスチャンの時代は一時的です。しかし終わりのないクリスチャンの時代という聖書の考え 方には矛盾します。聖書は時代の終わりについて語っていながらも、クリスチャンの時代は終わらないというのなら、どの時代の終わりなのでしょうか?それは イスラエルの古い契約の時代の終わりです。イスラエルの「天と地」、彼らの契約の世界はイエスの新しい契約の世界・・・新しい天と地に移り変わらなければ なりませんでした。

イザヤ51章5,6節で、神は「天と地」の崩壊を預言されました。15、16節は神がシナイ山でイス ラエルに律法を与えられたときに造られた世界だと定義しています。滅びていく世界とは対照的に、神の新しい世界は永遠に続きます(6節)。神はシナイ山で イスラエルの天と地を造られました。しかし神はキリストの新しい創造のために世界を滅ぼされるのでした。イザヤは65章で「神はイスラエルを滅ぼし、新し い名前の新しい民を造り、彼らに新しい天と地を与える」と預言しています(7節以降)。

物質的世界ではなく、契約の世界

「この天地は滅び去ります。しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません。」(マタイ24章35節)これが、エ ルサレム崩壊に関してマタイ24章でイエスが預言されたことばです。ヘブル12章では、シナイ山で建てられた天と地が過ぎ去り、揺るがない神の王国である 教会が生み出されことが語られています(12:21~28)。黙示録は「私たちの主が十字架にかけられた」都が滅びるとき、新しい天と地が到来することを 語っています(11:8、21:1以降)。

聖書は時間の終わりについて語っていません。それよりも、イスラエルの旧い契約の終わりとキリストに よる新しい契約の天と地、教会について語っています。伝統的な終わりに関することがら(終末論)の見解は教会が千年王国に道を譲る(前千年王国説)か、キ リストは時の終わりに王座を放棄する(無千年王国説)のどちらかです。両説とも神の「本当の」祝福が来るまでの一時的な方策としての教会を教えます。しか し聖書は教えと伝道の組織として人々の間に建てられた教会は終わりがないので、教会の終わりを教える考えはどれも聖書に矛盾します。

これで聖書が終わりの時について語るとき、実際はイスラエルの旧い契約の「天と地」の終わり、すなわ ち終わりのないメシアの新しい世界に道を譲る時について語っていることをよりよく理解できます。イザヤ51章5~6節で、神は「天と地」の崩壊を語ってお られます。15~16節では、神がシナイ山でイスラエルに律法を与えられたときに、造られた世界として「天と地」を定義しておられます。滅ぼされる世界と は対照的に、6節では神の新しい世界は永遠に続くというのです。

神はイスラエルの天と地をシナイ山で造られました。しかし、キリストの新しい創造に道をあけるために その世界は滅ぼされるべきでした。

イザヤはこれを65章で預言しました。神はイスラエルを滅ぼし、新しい名前で呼ばれる新しい民を造 り、彼らに新しい天と地を与えるというのです(7節以降)。これは物質的世界ではなく、契約の世界のことです。これがイエスがマタイ24章で、エルサレム の崩壊を預言されたときに、「この天地は滅び去ります。しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません。」(35節)と言われた理由です。ヘブル 12章ではシナイ山で建てられた天と地が過ぎ去り、教会という揺るぎない神の王国について語られています(12:21~28)。黙示録は「私たちの主が十 字架につけられた」都が滅ぼされるときに、新しい天と地が到来することについて語っています(11:8、21:1以降)。

聖書は時間の終わりについて語っていません。ハルマゲドンの恐怖はないのです。どのような種類の未来 派解釈も継続して人々に未来への恐れをもたらします。天と地はすでに過ぎ去りました。神の王国は従順な人々のうちに支配を表すのです。未来を恐れないでお きましょう。未来を握っておられる神に信頼しましょう。

   
 
    ※ドン・プレストン師はアメリカ・ オクラホマ州のArdmore Church of Christの牧師。

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