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ヴァン・ティル名言集
★前提・中立
すべての神学学科が神を前提としなければならない。しかし、同時に前提は最良の証明でもある。
この仕事をするにあたっての弁証学の方法は、他の神学学科と同様に中立的なものではない。弁証学の主要な目的のひとつは、中立は不可能であることを、また、実際には中立的なものはないことを示すことである。
教会がすべての人に福音を宣べ伝えよという神から与えられた仕事を成し遂げるためには、かつてのように教会の教育的役割を強調しなければならないであろう。
方法の問題は中立的なものではない。すべての有限な本質存在、また知識の根源であり、絶対的意識存在であられる神というわれわれの前提が、キリスト教有神論的方法をすべての非キリスト教的方法から区別することを要求されている。
世界が存在する以前は、神は永遠から自己充足的、自己自足的存在として存在しておられた。キリスト教的観点からは、神の非存在について考えることは不可能である。
聖書が強調しているのは、人は、特別啓示がなくても、神が世界の創造者であるということを認めるべきであるということである。
科学が取り扱う自然的、また歴史的事実でさえ、だれであれキリスト者でない者によっては、正しく解釈することはできない。
ある人の神学とその人の弁証論とは相伴うものである。
私が語ってきたことはすべて、その出発点は、つねに、聖書の自己証言的キリストであった。
私の生活のすべては、すなわち、私の家庭における私の生活、私の教会における私の生活、社会における私の生活、そして福音の役者またキリスト教弁証学の教師としての私の召命における私の生活は、御国のために、という旗の下に統合されている。私は英雄ではないが、キリストにあって、私は、人が私に対して何をしようと恐れない。地獄の門は、天にても地にてもすべての権威を与えられたキリストの勝利の前進をはばむことはできない。
★聖書の霊感
われわれは、罪人として、絶対的権威のある神の啓示を必要としている。偽りの解釈がごくわずかでも挿入されたならば、権威のある解釈としての神の解釈は破壊されるであろう。
しかし、聖書が自明の事として主張しているのは、絶対的霊感にほかならないし、われわれが近代の不信仰一般の侵入に反対するために必要としているのも、この、絶対霊感にほかならない。
キリストは墓からよみがえられたことを指摘するためには、歴史的弁証は絶対的に必要であり、不可欠である。しかし、歴史的弁証は、中立的となっている基礎の上でなされる限りは、自らの目的を挫折させる。なぜなら、その場合は、実質的には不信仰者による形而上的仮定の妥当性を認めているからである。
もし罪人であるわれわれが絶対的に霊感されている聖書を持っていないのであれば、自分のために実在を解釈してくださる絶対的な神を持っていないし、また、われわれのために実在を解釈してくださる絶対的神を持っていないならば、正しい解釈は全然存在しない。
「逐語霊感」ということによって意味されていることは、霊感は思想だけでなく、言葉にも及んでいるということにほかならない。
聖書が霊感について教えることは、事の性質上、原典にだけ適用されるということである。
★理性
神が三つにして一つであると主張することは、理性に反しているのではなく、理性を越えているのである。