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ふたりの金持ち

谷口 明法

聖書箇所:マタイ19章16〜22節・ルカ19章1〜10節 

●    あなたはお金持ちになりたいでしょうか?もちろん、お金がないよりもあった方がずっといいと思う人の数の方が、お金なんかなくてもいいと思う人よりも多いでしょう。それでは、あなたが自由に使うお金がいくらでもあるとしたら、あなたは何に使うでしょうか?

●    世界一のお金持ちと言えば誰かご存知でしょうか?マイクロソフトのビル・ゲイツです。資産10億ドル
(1200億円)以上の世界の長者番付のトップ。純資産が、528億ドル(約7兆円)あるそうです。(ちなみに、日本人では、サントリーの佐治信忠さんの1兆1400億円)

●    さて、聖書に出てくるふたりの金持ちから学びましょう。先ずは、マタイ19章に出てくる金持ちの記事を読みましょう。次に、ルカ19章に出てくる金持ちの記事を読みたいと思います。


(1)    ふたりの共通点

● ふたりの共通点は何でしょうか?第一に金持ちであったということです。第二に、権威を持っていた人であるということです。マタイ19章にはこの金持ちのことを、「ひとりの人、青年」としか紹介していませんが、ルカ18章では、彼のことを「ある役人」と書いています(英語ではruler、指導者、支配者、権威者という意味です。)。ルカ19章の金持ちはザアカイという名前ですが、彼は取税人の頭、税金を集める役人のボスであったことが分かります。それも税金はローマ帝国に払われるわけですから、ローマの権威の下にいる権威者であったことが分かります。第三の共通点は、ふたりともイエスさまにお出会いしたということです。

●    しかし、同じような境遇・立場、また同じようにイエスさまに出会ったふたりの結末は全く違ったものとなりました。イエスさまが、ザアカイだけをひいきされたからでしょうか?そうとは考えられません。マルコ10章21節を開いて読みましょう。「イエスは彼を見つめ、その人をいつくしんで言われた。」ここで、日本語で訳されている「いつくしんで」はギリシャ語で「アガペー」、英語で「Love」が使われています。第四の共通点は、イエスさまはこの金持ちたちを愛されたのです。


(2)    何に信頼しているのか?

●    金持ちの若い役人にとって、永遠のいのちが関心ごとでした。それはどうしてでしょうか?彼は地上のすべてをお金で手に入れていたからではないかと思います。ある牧師はこの箇所からのメッセージのタイトルに、「キリスト以外のすべてを持った男」とつけました。彼はその通りの人であったかもしれません。地上のすべてのものを手に入れたので、彼の関心事は「永遠のいのち」となったのです。しかし、彼は地上のいろいろなものをお金で手に入れたように、永遠のいのちも何かをすることによって手に入れることができると勘違いをしていました。イエスさまに出会った若者は「どんな良い事をしたらよいのでしょうか。」と尋ねています。

●    イエスさまはその質問に答えて、「戒めを守りなさい。」と言われたのです。もちろんイエスさまは行いによって救われる、永遠のいのちは行いによって得られるのだということを言おうとして、この答えを若者にされたのではありません。しかし、若者は、もっと具体的にどの戒めか尋ねました。イエスさまは十戒から具体的に言われました。ところが、若者は「そのようなことは、みな守っています。」と自信満々に答えました。ほんとうに、彼はすべて守っているのでしょうか?イエスさまが十戒のひとつひとつを上げられたとき、正しい十戒の順番と違っているのが分かります。ある牧師は、それはイエスさまが若者の心の罪をよく知っておられたからだと言われました。彼の犯していた罪の順番を言われたということも考えられます。

●    自信満々に答えた若者にイエスさまは、それではとばかりに、「帰って、持ち物を売り払って貧しい人たちに与えなさい。」と言われました。とたんに、若者は悲しんで去っていったのです。彼が多くの財産を持っていたからです。イエスさまは彼のこころを暴かれました。表面的には、社会的にも、経済的にも、行いにも立派な若者でした。しかし、その心は富を、お金を神として歩んでいたのです。自分の人生を富という土台においていたことが分かります。イエスさまは、マタイ6章24節で、「人はふたりの主人に同時に仕えることはできない。」と言われました。「神にも仕え、富にも仕えることはできない。」のです。イエスさまの愛は彼に向けられていましたが、彼の愛はお金に向けられていました。彼はお金と行いで永遠のいのちも手に入れられると考えたのでしょう。イエスさまはヨハネ17章3節で「永遠のいのちとは、彼らが唯一のまことの神であるあなた(父なる神)と、あなたの遣わされたイエス・キリストとを知ることです。」と言われたのです。

●    あなたは、何に信頼しているでしょうか?お金ですか?自分ですか?親ですか?社会ですか?会社ですか?友だちですか?それがあなたの神なのです。



(3)キリストに出会った男

●    さて、もうひとりの男を忘れてはいけません。ザアカイは金持ちでした。ローマ帝国の権威もバックにありました。しかし、彼はマタイ19章の若者とは違っていました。あの若者は社会的には善人でした。非の打ち所のない若者でした。一方、ザアカイは税金を人々から騙し取る取税人であり、社会も彼らを「売春婦や罪人」と同列におく存在でした。彼自身も決して自分は正しいとは考えていなかったでしょう。ところがそんな彼のところにイエスさまは来てくださったのです。

●    イエスさまは、ルカ18章17節で、「子どものように神の国を受け入れる者でなければ、決してそこには入る事ができません。」と言われました。これは子どものお父さんやお母さんを信頼する関係が信仰に適用されています。ザアカイは自分が「正しいこと」をして来なかったことを自覚していたでしょう。「正しいこと」でなら、自分は神に受け入れてもらえないことを自覚していたことでしょう。しかし、イエスさまは神の国に入るには、永遠のいのちを獲得することは、「すること(Do)」以上のもの、「神との関係」が大切であることを示されたのです。もう一度読みますが、イエスさまはヨハネ17章3節で「永遠のいのちとは、彼らが唯一のまことの神であるあなた(父なる神)と、あなたの遣わされたイエス・キリストとを知ることです。」と言われたのです。

●    また、ルカ19章7節で人々は「イエスは罪人の客となられた。」といいました。イエスさまはまさしく罪人の友となってくださったのです。そしてこの関係を築いた者たちが永遠のいのちを得る者となるのです。

●    しかし、この救い、この永遠のいのちはそこでストップしません。罪人を変える力を持っています。ザアカイはイエスさまが彼の罪についてひとことも言っておられないのに、何をすべきかを言っておられないのに、自らが謝罪を、償いを申し出ました。これは旧約聖書を彼が良く知っていたということが分かります。神との関係が築かれた人は、聖書の中からの神のみこころを知り、強制ではなく、神への感謝と愛の印として行いが変えられて、出てくるのです。今日のクリスチャンはこの部分で躓いています。イエスさまの愛の関係を築いた後も、なお罪の中に留まり続け、赦されるのだから大丈夫だと開き直っていることがあります。

●    私たちは律法の行いによって救われるのではありません。それは律法主義です。しかし、律法はいらない、何をしても赦されるというのは無律法主義です。神はそのどちらも喜ばれません。神との関係を築かせていただいた人々は、神のことばを愛し、それによって生きようとする神法主義へと導かれるのです。



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