イエスがオリーブ山にすわっておられると、弟子たちが、ひそかにみもとに来て言った。「お話しください。いつ、そのようなことが起こるのでしょう。あなたの来られる時や世の終わりには、どんな前兆があるのでしょう。」マタイ24:3
ここでの弟子たちの質問は3つの相互関係のある出来事を含んでいます。(1)神殿崩壊の時;(2)イエスが裁きに来られることを示すしるし;(3)時代の終わりをもたらすしるし。文脈を見ると、これらの質問は神殿の崩壊に言及しているのであって、それ以外の他のものではありません。神殿とそれに含まれる、祭司職、犠牲制度、ユダヤ人の経綸全体というすべてのものが、まもなく終わりを告げると言う預言に弟子たちは驚きました。ある人々が主張するようにイエスは再臨について話されたのではありません。なぜなら、この時、弟子たちはイエスが十字架にかかって死ななければならないということさえ知らなかったのですから。どうして、イエスの死と復活と昇天に付随するイエスの肉体を持った再臨について尋ねることがあるでしょうか?
弟子たちは明らかに、神殿の崩壊とイエスの裁きのために来られることとその時代の終わりを関連付けています。神殿崩壊は犠牲制度と儀式制度を伴った旧約の贖罪制度の劇的な終焉を示しています。その最初から、これらの儀式は来るべきキリストの御業を示す唯一のものだったのです。そして神の完全な子羊は神殿犠牲は全く不必要であることを言い渡しました。「その時代の終わり」というのは契約的な語句です。それは約束の契約に対する限定的なユダヤ人の権利の終了と契約の祝福への異邦人の包括を意味しています(参照:マタイ21:41、43、22:10)。新しい契約の下では、神殿はイエスキリストのからだ(ヨハネ2:19〜22)と教会(2コリント6:16)にとって代わりました。
しかし、どのようにしてイエスが紀元70年に来られたことを主張することができるでしょうか?私たちは聖書によって聖書を解釈し、並行記事から「来る(再臨)」の意味を判断しなければなりません。旧約聖書全体を通して、神は裁きに「来られ」ました(参照:創世記11:5、出エジプト3:8、19:9、34:5、詩篇18:6〜17、72:6,104:3、イザヤ19:1〜4、31:4、ミカ1:3〜5、マラキ3:5)。さらに、新約聖書はイエスが裁くために来れることについて続けて語っています(参照:マタイ10:23、16:27〜28、18:30、26:27〜28、18:30、26:64、マルコ14:61〜62、ルカ10:1、ヨハネ14:23,32,30)。何度イエスはご自身の再臨によって小アジアの諸教会を裁くと脅しておられるか注意しましょう(黙示録2:5,16、3:3)。もしここで語っておられる再臨が遠い将来のものであったなら、イエスの脅しは何の意味もなさなかったでしょう。
さらに、イエスは絶えずご自身の裁きによる再臨について語っておられました。事実、マタイ16章27〜28節は最後の使徒が死ぬ前に裁きが来ることを述べています。「人の子は父の栄光を帯びて、御使いたちとともに、やがて来ようとしているのです。その時には、おのおのその行いに応じて報いをします。まことに、あなたがたに告げます。ここに立っている人々の中には、人の子が御国とともに来るのを見るまでは、決して死を味わわない人々がいます。」ペテロは確かにイエスの再臨が近いことを理解していました。特に彼はイエスが来られる時、ヨハネが生きているかどうか尋ねました(ヨハネ21:21〜22)。ペテロが第一の手紙で、「終わりの時」(1ペテロ1:20)、また「万物の終わりが近づいた」(4:7)と書いたのです。
弟子たちがイエスにいつ裁きのために来られるのか尋ねたとき、イエスは特別な方向性を持って答えられました。