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「イエスはまもなく来られるのか?」
ゲイリー・デマー
イントロダクション
オリーブ山上での説教は、共観福音書のマタイ24章、マルコ13章、ルカ21章に見出せます。黙示録を除いて、最も大きな預言の資料です。多くの人々がイエスは遠い未来、私たちにとっての未来の出来事を描写しておられると信じています。このような解釈の立場を未来派解釈と呼びます。時間のテキストに対して、より文字通りのアプローチをする他の聖書学者たちは、イエスはご自身の同時代の人々に語り、はじめにその預言を聞いた一世紀のクリスチャンたちに起こる出来事を描写しておられると結論付けています。このような解釈的立場を過去派解釈と呼びます。過去派とは過去に成就したと信じる人々のことです。
この一世紀の過去派の再臨は紀元70年に神殿が崩壊し、エルサレムの都が裁かれたという裁きの再臨です。今日、この解釈は人気もなく、人々に知られているわけではありませんが、保守的な聖書学者たちの大多数が、一世紀以来この説を保持していました。
あなたはこの説に親しみがないだろうと思いますので、アメリカン・ヴィジョンはこの短い導入書を作りました。第一部では、オリーブ山上での説教の過去派的解釈の短い概観を記します。約10分で、イエスの預言を概観します。第二部はより詳しく学びます。しかし、どちらの部分もすべての疑問にお答えすることはできません。オリーブ山上での説教や他の預言に関する分かりやすい学びは、今日の終末論のすべての項目をカバーしている聖書預言の分かりやすい研究書、Last
Days Madnessをご覧ください。
パート1「聖書預言10分ガイド」
私が聖書を最初に紹介されたのは、1970年代に出版されたハル・リンゼイの「地球最後の日」を通してでした。リンゼイは特に、聖書についてまったく知らない者たちにとっては、興味をそそられ、また心配させるような終わりの時のシナリオを提供しました。リンゼイの預言小説は私に聖書を紹介してくれた一方で、実際にみことばを読むことによって、リンゼイが自分のシステムの中心として選んだいくつかの聖書箇所が聖書が言う終わりの時とマッチしていないことを見出し、混乱させられました。
ことばには意味があるのですから、リンゼイや他の預言書の著者たちは間違っているのです。例えば、ジャック・ヴァン・インプは「携挙は(自分たちに)近い」ことを保持しながらも、聖書がはっきりと一世紀(ヤコブ5:7〜9、黙示録1:1,3)の教会に「近づいている」裁きとしてのキリストの再臨を記述しているのを無視することができるのでしょうか?「イエスが間もなくこらえる10の理由の編集者ジョン・ヴァン・ディーストは以下の文章で導入部を締めくくっています。「ですから、イエスご自身の『しかり、私はすぐに来る』のことばをもって、使徒ヨハネとともに『アーメン。主イエスよ来てください』(黙示録22:20)と呼応しましょう。」ヴァン・ディーストは2000年前に書かれた箇所を引用しています。デーヴ・ハントの著書は「どれほど近いのか?」と問いかけています。彼はイエスの再臨は間もなく起こると信じています。なぜなら、そのサブタイトルで、彼はまもなく起こるキリストの再臨の反対しがたい証拠を提示すると約束しているからです。イエスがほとんど2000年前にすぐに来ると約束されたすぐにとはどうしてすぐにという意味ではないのでしょうか?
預言解釈の巡礼
最初に聖書を読んだとき、新約聖書は最後の弟子が死ぬ前(マタイ10:23、16:27〜28、ヨハネ21:18〜23)に、神殿が崩壊すること(マタイ23:38,24:2)、エルサレムが包囲されること(マタイ22:7)、そして旧約聖書の秩序が終わりをとげることを教えているように思いました。第一世紀の世代が召される前(マタイ24:34)に、起こる破壊的な出来事をイエスは預言されました。これはどう言うことなのでしょうか?リンゼイも他の預言ものの著者たちも「飢饉、疫病、地震」(24:7)、「偽預言者」の登場(24:11)、「全世界」に福音が宣べ伝えられること(24:14)を私たちの時代に起こる反証しがたい世の終わりの出来事だと言います。私は混乱してしまいました。
私は聖書から答えを探しました。そうするとはっきりと聖書が真に、聖書の最高の解釈者であることが分かりはじめたのです。イエスはご自身が話しておられる人々の時代が過ぎ去る前に飢饉が起こると言われました。紀元41〜54年に支配した「クラウディオの治世」(使徒行伝11:28)にローマに飢饉が起こりました。ルカは飢饉はローマ帝国の境界全体を意味する「世界中」に起こったと述べています。
紀元70年の神殿崩壊の前に「御国の福音は世界中で、すべての国民に宣べ伝えられた」のでしょうか?マタイ24章14節で「世界」と訳されているギリシャ語の同じことばが、ルカ2章1節でイエスの誕生のときに「全世界」の住民登録をせよと使われていることばと同じものが使われていて、それは「ローマ帝国」とか、「人の住む地」、または「知られている世界」(使徒行伝11:28)と訳すのがベストであることが分かりました。パウロははっきりと彼の時代に「福音は、天の下のすべての造られたものに宣べ伝えられている」(コロサイ1:23)と語っています。福音は彼の時代の「すべての人々に知らされた」のです(ローマ16:26)。世の終わりの空想によって催眠術をかけられている人々は、これは起こらなかったと主張します。彼らの主張は聖書に反しています。パウロのことばはこれ以上はっきりすることができないほどです。
もちろん、イエスはエルサレムにまもなくもたらされる裁きの再臨を教えなかったと主張する人々は、リベラルの道に従い、イエスと新約の記者たちは預言された出来事の時間設定を間違ったと主張します。例えば・・・
「イエスキリストに神から与えられたこの啓示の内容は、「すぐに起こるべきこと」でなければなりませんでした。もし、私たちがこれを迫害が増して行き、クリスチャンはそのために備えなければならないという意味にとるなら、後に起こる出来事を通して、彼が正しかったということがはっきりと証明されるのです。ところが一方、ヨハネは明らかに近い将来に起こる神の計画の成就を期待しました。しかし、この場合においては彼は間違いを犯したのです。」
イエスも新約聖書の記者たちも間違いを犯していません。長期に渡る注意深い研究によって、私はオリーブ山上での説教におけるすべての預言された出来事は紀元70年のエルサレム崩壊の前に起こったことが分かりました。
私は聖書の預言の記録を支持する一般の資料にすぐに気づきました。新約聖書のすべては紀元70年以前に書かれたということを心に留めてください。私たちはエルサレムが取り囲まれ、神殿が崩壊した霊感された歴史の記録を持ってはいませんが、このような目撃談は聖書の記録を支持する助けになります。
紀元70年における成就のもっとも解釈の難しい箇所のひとつはイエスが、その世代が過ぎる前に、イスラエル民族は「人の子が力と栄光を持って天の雲に乗って来られるのを見るだろう。」(24:30)と言われたことです。イエスは同じ預言を大祭司のカヤパの前で裁判の証言をしている人々にされました。「人の子が力ある方の右の座に着き、天の雲に乗って来るのを、あなたがたは見ることとなります。」(26:64)このことばは、一世紀に生きていた人々がイエスがまことに受肉された神であり、約束のメシア・救い主であることを理解する、また知るということを提示しているように思います。
イエスの兄弟の確証
イエスとともに歩んだ人々の中でこれらの箇所が自分たちの時代に成就したことと理解しているという証拠はあるのでしょうか?イエスの兄弟ヤコブはイエスが「天の雲に乗って来られる」ことは彼の時代にまもなく起こるべき出来事であると理解しました。4世紀の歴史家であるエウセビオスは教会史で「人の子が来られることについて尋ねられたとき、ヤコブはマタイ24章30節、26章64節を引用して、『イエスは今、天の偉大な力である方の右の座に座っておられます。そして、天の雲に乗ってまもなく来られます。』と答えました。」と記しています。これを聞いて後、神殿の役人たちはヤコブを神殿から引きずり出し、棒で脳が飛び出るまで殴りました。これは紀元62年ごろに起こりました。ヤコブが殉教したすぐ後、ヴェスパシアンはユダヤに侵攻し、制圧しました。7年後イエスがそうなるだろうと言われた通り(24:2)神殿は崩壊しました。ヤコブはこの「終わりの時」の箇所を用いて、新約聖書の主張と初代教会が信じていた「イエスが天の雲に乗って来られる」ということが彼らに近づいているということを支持しました。「雲に乗って来る」ということは、国々の裁きを描写する旧約聖書に共通する比喩なのです(例:イザヤ19:1〜4)。それはまた、賞賛と王の即位をも表しています(ダニエル7:13〜14)。
歴史の記録
今日の預言書の著者たちのほとんどは、「戦争と戦争のうわさ」が自分たちが終わりの時に生きていることの明白な証拠だと理解しています。紀元70年のエルサレム崩壊前の時代について学ぶことは違った見方を教えてくれます。ローマの歴史家タキトゥス(紀元56〜117年)はその時代のことについて彼の書で、「ドイツにおいて騒動」、「アフリカにおいて動乱」、「トラキヤで動乱」、「ゴールで暴動」、「ペルシャ人の間で陰謀」、「イギリスで戦争」、「アルメニアで戦争」があったと記しています。ローマの平和、パックス・ロマーナと言われていた時代に帝国の端から端に至るまで、戦争が行われていました。
ローマによるエルサレム崩壊の目撃者であるユダヤ人の歴史家ヨセフス(紀元30〜100)は、ローマ帝国内において市民戦争は非常に当たり前であったので、詳しく書く必要のないことだったと記しています。「私はそれらの詳しい記述を省きました。というのも、すべての人々がそれをよく知っていましたし、多くのギリシャやローマの著述家たちによって描かれているからです。」
ルカ21章11節で、「恐ろしいことや天からのすさまじい前兆が現われます。」とあります。歴史の記録では、紀元60年頃、彗星が現われたとあります。彗星は滅びの前兆であると考えられていました。ネロは彗星の前兆を真剣に受け取りました。そして、彼は自分の家族を殺しました。それは、家族が星の現象を神々がネロを失脚させられる天からのしるしと捉えるかもしれないと考えたからです。紀元66年に、ハレー彗星が現われ、後にそれは紀元70年のローマ人によるエルサレム崩壊の警告と言われました。ハレー彗星の出来事に加えて、町の上空に剣のような形をした星や一年間ずっととどまり続けた彗星があったことをヨセフスは詳述しています。
エルサレム崩壊に先立って「偽りの力、しるし、不思議」(2テサロニケ2:9)が起こったことを示す歴史的根拠は存在するでしょうか?また、「偽預言者、偽キリスト」(マタイ24:24)の出現についてはどうでしょか?ヨセフスは以下のように記録することで、聖書の預言の記録をサポートしています。
「さて、これらの詐欺師たちは多くの人々を荒野に連れて行くために説き伏せました。そして彼らは神の摂理によって『不思議としるし』が行われているかのように見せかけました。さらにエジプトからエルサレムにこの頃やってきた自称預言者は、自分と一緒にオリーブ山に行くようにと多くの人に助言しました。・・・彼はそこから自分の命令によって、どのようにエルサレムの城壁が崩れ去るかを見せると言いました。エルサレムの城壁が崩れるとき、城壁を通って人々が都に入れるようにすると約束しました。」
別の箇所で、ヨセフスは「神殿の上に立ち上がり、解放の奇跡的なしるしを受け取るべきであると神が命じておられると都で公言する」偽預言者について語っています。ローマによるエルサレム戦争によって増幅された終末的期待感は頂点に達しました。多くの人々がメシアが自分たちを解放するために戻ってこられると信じました。偽預言者たちはこのいつわりの期待感を利用して多くの人々をだましました。
期待された解放者はやってきませんでした。罪深い祭司たちによって執り行われていた動物の犠牲と共に神殿は消え去りました。メシアは70年前にイエスキリストというお姿ですでに来られていたのです。キリストこそ「宮」(ヨハネ2:21)、「世の罪を取り除く神の子羊」(1:29)、「永遠にメルキゼデクの位に等しい大祭司」(へブル6:20)なのです。旧約の贖いの都、エルサレムは「天のエルサレム」、「生ける神の都」(12:22)にとって代わりました。このことは私たちにどのような意味があるのでしょうか?「しかし今、キリストはさらにすぐれた務めを得られました。それは彼が、さらにすぐれた約束に基づいて制定された、さらにすぐれた契約の仲介者であるからです。」(8:6)という意味なのです。
※この論文はゲイリー・デマー氏の許可をいただいて翻訳掲載しています。無断による転載はおやめください。なお、原著Is
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