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主の祭り
Part 4

by デイヴィッド・カーティス


レビ記 23


私たちはレビ記23章にある「主の祭り(祝日)」を学んでいます。祭りの研究は類型学(タイポロジー)の研究 です。主の祭りは神によって私たちに与えられたので、神の民は主の来られること、キリストがエデンの園で堕落した人を神のもとに贖うための役割を果たされ ることが理解できました。ほとんどのユダヤ人でない聖書を信じる人々は主の祭りについて聞いたことはありますが、主の祭りの深い意味と重要性は一般的には ほとんど理解されていません。

使徒パウロはコロサイ書で、主の祭り、新月祭、安息日はキリストについて私たちに教える「来るべきものの影」であると異邦人クリスチャンに書いてい ます(コロサイ2:16〜17)。イエスは神がこれら7つの重要な祭りにおいて啓示し、予表されたより偉大な計画の実体、成就です。これら7つの祭り は、主の贖いの歴史における主要な出来事の順序、時期、重大性を描き、象徴しています。

すでに、過越祭、除酵祭、初穂祭、ペンテコステという春の4つの祭りを学びました。これら4つの祭りは主イエスキリストの初臨を預言的に告げていま す。過越祭の対型(アンチ・タイプ)はカルバリーでの十字架の死です。除酵祭の対型(アンチ・タイプ)はキリストの葬りです。初穂祭の対型(アンチ・タイ プ)はキリストの復活です。ペンテコステの対型(アンチ・タイプ)は新しい契約の到来です。

秋の祭りはキリストの再臨を預言的に告げています。ここまで、秋の祭りの最初のもの角笛祭だけを学びました。角笛祭(ロシュ・ハシャナ)の対型(ア ンチ・タイプ)は紀元70年に起きた死者の復活です。残りの2つは贖罪日と仮庵祭です。この学びで贖罪日を、次回の学びで仮庵祭を学びましょう。

ほとんどすべての神学者はこれら7つの祭りは贖いの出来事に関係していることに同意しています。しかし、彼らは40年のエクソドスに関する類型を理 解していません。ですから、秋の祭りを将来に起こる出来事として今でも考えています。旧約聖書で、特にエクソドス(出エジプト)を通して与えられた多くの 異なる型(タイプ)を破壊するような何千年もの期間を春と秋の祭りの間におきます。へブル書はエクソドス(出エジプト)と40年は新しい契約において成就 したことをはっきりさせています。

6番目の祭りである「贖罪日」を見ましょう。

レビ記 23:27 第七の月の十日は贖罪日である。聖なる集会を開きなさい。あなたたちは苦行をし、燃やして主にささげる献げ物を携えなさい。
レビ記 16:30 なぜなら、この日にあなたたちを清めるために贖いの儀式が行われ、あなたたちのすべての罪責が主の御前に清められるからである。31 これは、あなたたちにとって最も厳かな安息日である。あなたたちは苦行をする。これは不変の定めである。

贖罪日は祝日として定められたイスラエルの第6番目の祭りで、秋に行われます。へブルの暦では、それはおおまかには今日の9月か10月に当たるへブ ルの7番目の月、ティシュリの10日目にあります。

「贖罪日」(The Day of Atonement)はヨム・キッパーと同じ意味のことばです。しかし多くの人々にとって、贖罪ということばはあいまいであり、祝日の意味に何の 光も与えません。キッパーということばはへブル語のカファー、「覆う」という意味から来ています。ですから、贖罪ということばは単純には「覆っている」と 言う意味です。ヨム・キッパーの日に前の年の罪は贖われる(覆われる)のです。贖罪、また覆いは傷のない動物の血の犠牲で構成されます。

ヨム・キッパーはイスラエルの人々にとって一年の中で最も厳かな日でした。それは、しばしば単純に「その日」として言及されています。祭司、その家 族、その共同体、至聖所、会見の幕屋、そして祭壇のために贖罪がなされる日でした。その日は厳かな日でした。贖罪日はまた、「大いなる祭り」または、「祭 りの日」として知られています。ヨム・キッパーは「あなたがたの魂を悩ます」日として主によって定められました。その名が示す通り、この日は断食を意味し ていると理解されていました。

ヨム・キッパーはユダヤ教の中においてのみの断食ではなく、聖書によって定められた唯一の断食でした。ヨム・キッパーの日に断食しない人と、悔い改 める ことをしなかったイスラエル人は「神の民の内から取り除かれる」べきでした(レビ23:29)。またヨム・キッパーはすべての形の仕事が禁止された日でも ありました。この決まりを同様に無視した人々は死刑となりました(レビ23:30)。

ヨム・キッパーはイスラエルの祭司制度にとっても非常に厳かな日でした。一年の中でその日だけに大祭司が神殿の至聖所に入ることができました。至聖 所に入るために、大祭司は金の胸当てで覆ったいつもの色とりどりの衣服の替わりに、白い亜麻布で織られた聖なる衣服を着けなければなりませんでした。彼の 身に着けるその亜麻の衣服はその日だけに着けられ、決して再び着けられることはありませんでした。

大祭司が儀式的に汚れているということはイスラエルにとって大変重大な問題でした。従って、ヨム・キッパーの職務を行うことに不適格だとみなされま した。この汚れるという可能性から大祭司を守るために、神殿の中にある祭司の本部に滞在するためにヨム・キッパーの一週間前に家を離れることが要求されま した。その週の間、大祭司は死体に触れて汚れた者になることの可能性を避けるために、赤い雌牛の遺灰を二度振り掛けられました。このようなことは、儀式的 な汚れのための一般的な清めの過程でした(民数19:1〜10)。

その時に大祭司が死んだり、すべての前もっての警告にも関わらず、汚れたりしたときのために代理人も指名されます。この代理人は一般的には、大祭司 の次に職務に当たります。ですから、神殿において大祭司に次ぐ最も権力のある者でした。彼は神殿守衛長であり、神殿警備の直接命令権を行使しました(レビ 人はモーセ律法を施行するために神殿の施設をパトロールしました)。それは使徒行伝でペテロとヨハネに気を苛立てた守衛長でした。

使徒 4:1 ペトロとヨハネが民衆に話をしていると、祭司たち、神殿守衛長、サドカイ派の人々が近づいて来た。

大祭司は定期的には神殿の務めをしませんでした。しかしヨム・キッパーに向かう週の間は彼だけがいけにえを捧げました。来る聖なる日のために彼がな すべき務め、親指と人差し指で血を注ぎかけたり、香をたいたり、燭台に灯をともしたり、神殿の中での移動をリハーサルしたりというすべてのことがらが忠実 に行われました。失敗があってはなりませんでしたし、あればその結果は大きな惨事となり、国家にとっての屈辱的出来事となりました。イスラエルの捧げ者は 不適格とみなされ、人々の罪が覆われないまま残ってしまうのです。

ユダヤ人の一日は日没から始まるのですが、ヨム・キッパーのための神殿の奉仕は次の日の朝の夜明けまで始まりませんでした。祭壇の灰は取り除かれ、 普段の3つの火の代わりに、4つの火がその日を区別するために灯されました。それ以外の日は大祭司は奉仕をする前に祭司の洗盤で単に手と足をを洗いまし た。ヨム・キッパーの日には、祭司の庭近くにある特別な黄金の風呂で完全に身体を浸すことが要求されました。これは大きな亜麻のカーテンの背後で実行され ました。それは公には彼の動きの影が明らかにされるためでした。このことで決められた手順に変更が加えられないことが確かめられたのです。大祭司はよく注 意 して金の衣服を着けました。彼の厳かな紫の衣は小さな金のベルで縁取られていました。それによって人々は大祭司が人々を代表してする務めを聞くことができ ました。彼の衣の上から、大祭司がまことの生ける神の前にイスラエルの12部族を代表していることを常に思い出させる12の宝石が縫いこまれた金の胸当て を着ました。

着物を着た後、大祭司は毎日の奉仕をするために手と足を洗いました。朝の務めの後、大祭司はヨム・キッパーの白い亜麻の着物に着替えるために浴室に 戻りました。その日の内に5回、彼は着物を着替え、同じ清めの手順を5回行いました。毎回、彼は手足を洗い、着物を脱ぎ、身体を完全に浸し、着物を着替 え、2度目に手足を洗いました。

午後の神殿の務めはヨム・キッパーの儀式の中心でした。この務めの犠牲をもって、前年の祭司とイスラエルの民の罪の贖いを行いました。

大祭司は祭壇と神殿の入り口の間で大祭司を待っている若い雄牛のいる祭司の庭に移動することで午後の務めを始めました。この雄牛は大祭司と祭司たち のための罪の捧げ物でしたから、祭司たちが働きを行う神殿の近くで儀式は行われました。大祭司は自分の罪の身代わりとしてそれを雄牛に転嫁したことのしる しとして若い雄牛の頭に両手をおき、罪の告白をしました。告白の間に三回、大祭司は主の契約の名(ヤーウェ)を唱えます。ユダヤの口述律法によると、この 聖なる名は、どのような状況においても間違って発音されたり、むやみに語られてはならなかったのです(出エジプト20:7)。その名が大祭司によって発せ られた時はいつも、祭司たちは礼拝において彼らの顔を地面につけ、「栄光の王国が永遠である方の名前に祝福あれ!」と繰り返しました。

次に大祭司はふたりの祭司たちによってに祭壇の東側にエスコートされて行きます。大祭司の右には大祭司の代理(大祭司がその務めを完了できなかった ときのために、その代理をするように任命された祭司)がいました。その左側にはその週に務めをするために選ばれた祭司の組の長が伴いました。祭司の組は 24週のスケジュールを一週間ずつ輪番制で仕えていきました(1歴代24:19)。

二匹の山羊が並んで大祭司を待ちながら立っていました。二匹は大きさ、色、価値が同じものでした。二匹の山羊は神殿に顔を向け、大祭司とその側近た ちが近づくのを見つめました。

石の歩道のすぐ近くに金の器に入れられた2つの金のくじがありました。ひとつには「ヤーウェのために」と刻まれ、もうひとつには「アザゼルのため に」と刻まれていました。大祭司は器を振り、それぞれの手で適当にくじを引きました。大祭司がそれぞれの山羊の額にくじを置き、結果が決定した時、彼は 「主への罪のためのいけにえ」と宣言しました。二匹の山羊が一緒でひとつのいけにえとみなされました。

「アザゼルのために」というくじの置かれた山羊はすぐさま赤い羊毛の糸が角の一方につけられ識別されました。それから、後に罪が山羊の頭に置かれる 人々の方に向けられました。アザゼルの正確な意味に関してのいくつかの議論があります。ある人々はアザゼルは悪魔に言及していると言います。なぜならユダ ヤ人の伝承によると、アザゼルは堕落天使の呼び名だったからです。他の人々はそれは単に「逃避」を意味していると言います。この考えに沿うと、この山羊は 「スケープゴート」であると考えられます。それは死を免れ荒野に追いやられたからです。「ヤーウェのために」と決められた山羊は大きな石の祭壇に向かって 置かれました。その場所は罪のためのささげ物としてまもなくその山羊が捧げられるところでした。

第二神殿の頃、スケープゴートは実際は殺されました。それは後に人の住む地に入って、それ(イスラエルの罪を負っている山羊)が徘徊することができ ないようにするためでした。このような悲劇はないように、スケープゴートは岩山の断崖に連れて行かれ、祭司によって後ろ向けに押し出されました。

アザゼルに関しての一番良い解釈はアルフレッド・エダーシェイムの「The Temple, Its Ministry, and Services」です。エダーシェイムは山羊が岩の断崖から突き落とされるという後のユダヤ人の慣習は疑いなく後に開発された慣習であり、それ は決してモーセ律法によって規定されたものではなく、また、70人訳聖書の時代でさえその解釈とされているレビ記16章26節に紹介されていませんと言っ ています。律法は単にその山羊が「人の住んでいない地」に到着したら、「そのままに」されなければなりませんでした。岩山から突き落とすというやり方はそ の霊的型をラビ的に濫用したということをはっきりと表しています。レビ記16章だけに出てくる「アザゼル」ということばは一般的な解釈によると「完全に脇 に置く」とか「完全に消えうせる」という意味の語源に由来します(P258)。私の立場はメシアはほふられて、その血を至聖所に携え行かれる山羊と、人々 の罪を負って荒野に追いやられる山羊の両方に相当するというものです。荒野に山羊を解き放つという考えは私たちの罪を取り除くことを示し、メシアに私たち の罪が負わされたときに私たちの罪が取り除かれたことを示しています。

大祭司は若い雄牛のところに二度目に戻って来て、その頭に手を置きます。この時大祭司は手をおいて自分の罪を告白する前に、祭司の罪を告白しまし た。そして、雄牛は大祭司によってほふられ金の器にその血が集められました。そのすぐ近くで付き添っている祭司に器が手渡され、凝結しないように血を揺ら す務めが与えられました。

次に、大祭司は金の火皿をとって祭壇の方へと傾斜を上って行きます。彼は注意深く祭壇の上の燃えている部分からとった火のついた炭を火皿に満たしま した。そして二つかみほどの香をとって金の杓に移しました。右手に火皿、左手に香を持って、大祭司は燭台、供えのパンの机、そして香の壇が置かれている聖 所を過ぎて、神殿を上って行きます。聖所の後部で、大祭司は幕(聖所と至聖所を隔てるとても厚いカーテン)を通るためにしばらく止まります。一度至聖所の 内側に入ると、大祭司はひとりでしずかに立ちました。炭のオレンジ色の光だけがその部屋を灯していました。

大祭司は炭に香を注ぎかけ、部屋に香が満ちるのを待ちました。そして厚いカーテンを通って帰りました。

ソロモンの神殿では、契約の箱が至聖所に置かれていました。その上に主のシャキナの栄光が留まりました。バビロン捕囚後、契約の箱は決して戻りませ んでした。至聖所には(「礎石」と呼ばれる)地面から2.25インチの高さに突き出たひとつの石が置かれているだけで、空のままの部屋でした。その後大祭 司は金の器を雄牛の血で満たし、聖所に戻るのでした。彼は注意深く契約の箱の前に血をふりかけました。大祭司はそれを上に向けて一度、下に向けて七度、ま るでムチをピシャリとならすようにしました。この間中、彼は大きな声で数を数えました。間違いを犯さないためでした。そして大祭司は至聖所を出て、金の燭 台に器を置きました。大祭司は主のために取り分けられた山羊を屠るために祭司の庭の外側にい続けました。大祭司は金の器にその血を集め、至聖所に三度入 り、山羊の血を雄牛の血と同じように注ぎかけました。

その後、大祭司は雄牛の血を幕の外側にふりかけました。そして、同じ手順を山羊の血を持って繰り返しました。最後に大祭司は二つの器を合せて注ぎか け、大庭にある祭壇の角(各コーナーに突き出たもの)に注ぎかけました。

そして残った山羊に注目が行きました。大祭司は山羊の頭に手を置く手順をふみ、その上に民の罪を告白しました。そしてスケープゴートは祭司に導かれ 東の門から連れ出されます。そして二度と人々に見られることがないように、10マイル以上の荒野へと追いやられました。

スケープゴートが荒野へと連れ出され、民はそれが完了したということばを待っている間、午後の集会は続きました。大祭司は雄牛と山羊を祭壇で捧げ終 えた後、完全に焼かれるために残りの部分が町の外に持ち出されます(へブル13:11〜13)。そして大祭司は人々にメッセージをします。大祭司はレビ記 からのヨム・キッパーの箇所を読み、すべての命令は正式に完了したことを証明するために暗記した民数記の箇所を引用します。最後に、ヨム・キッパーのため の残された捧げ物が捧げられました。これは罪のためのいけにえに対する全焼のいけにえでした。

大祭司は火皿と香の杓を取るために最後に至聖所に入りました。そしてその日15回目の水浴をし、金の衣服に着替えました。涼しい秋の夜がまもなく近 づこうとする時間に、大祭司は一般的な夕方の神殿礼拝を行い、ヨム・キッパーに幕を引くのでした。

現代のヨム・キッパーの儀式は聖書的な儀式とほとんど類似性を持っていません。現代の儀式は神の命令よりも人々の伝統を土台にしています。

贖罪日は血の捧げ物について語っています。血の捧げ物は主に、罪の問題と関連しています。罪の贖い(覆い)は血を通してのみなされるので、罪のない ものの身代わりの死が要求されました。

レビ記 17:11 生き物の命は血の中にあるからである。わたしが血をあなたたちに与えたのは、祭壇の上であなたたちの命の贖いの儀式をするためである。血はその中の命に よって贖いをするのである。
ヘブル 9:22 こうして、ほとんどすべてのものが、律法に従って血で清められており、血を流すことなしには罪の赦しはありえないのです。

ユダヤ人のラビの伝統にでさえ「血によらない贖いはない。」と述べている。

神の律法を破った罰は死(血を流す)ことです。神の正義がそれを要求します。しかし、神の憐れみは身代わりを提供します。「善を行う者はいない、ひ とりもいない。」(詩篇14:3)のですから、神はモーセ契約の下で、子羊、雄牛、山羊の生贄を命じられました。

旧い契約はちょうどさらにすぐれたものの先駆けでした。それは一時的な手段であり、神が新しい契約を制定される完成の時までのものでした。へブル人 の手紙で、「律法は何も完全にしなかった」、「それはただの影」だと語っています。それにはたくさんの欠けがありました。それはただ罪を覆うだけで、消し 去ることはできませんでした。


アンチ・タイプ(対型)

大祭司のアンチ・タイプとは誰でしょうか?それはイエスキリストです。

ヘブル 4:14 さて、わたしたちには、もろもろの天を通過された偉大な大祭司、神の子イエスが与えられているのですから、わたしたちの公に言い表している信仰をしっかり 保とうではありませんか。

イエスは大祭司と犠牲のアンチ・タイプを成就されました。

新しい契約はそれが本当の赦しと罪のきよめを与えることのゆえに旧い契約よりもさらにすぐれたものです。新しい契約の下には罪の贖い(覆い)はあり ません。その必要がないからです。罪の問題はカルバリーで精算されました。メシアは私たちの贖いではありませんでした。彼は私たちの贖いを取り去ってくだ さったのです。私たちが贖われたと言うときに、それは正確な表現ではありません。新しい契約においてそのようには教えられていないのです。新約聖書で一度 だけ「贖い"atonement" 」が使われたのはローマ5:11(「和解」)です。それに対するギリシャ語は「和解」です。イエスは神と私たちを和解させてくださったのです。彼はもはや 私たちの罪を覆われないのです。それはイエスが罪を取り去ってくださったからです。

旧い契約はきたるべきものの影でした。新しい契約は実体です。旧い契約の下では、罪の支払いが要求されましたが、新しい契約の下ではそれが現実と なったのです。旧い契約の下では、犠牲は一時的に、繰り返し発生するものでしたが、新しい契約の下では、イエスキリストの犠牲は永遠で全く十分なものなの です。旧い契約の下では、人間の提供する子羊は罪を負おうだけでしたが、新しい契約の下では、神の子羊は罪を取り去るのです!

毎年毎年、牡羊の角笛の音はイスラエルに悔い改めを呼び覚ましましたが、今日のユダヤ教には贖いがありません。血の犠牲も、神殿も、祭司制度も、レ ビ的規定の遵守もないのです。すべてのユダヤ人の胸中には、神の前での本当の赦しの必要性への渇望があります。それは決して良い行いや自分の罪を獣に転嫁 するような人間の伝統の中に見出すことはできないでしょう。それは神の子羊、イエスの測り知れない犠牲を受け入れることによってのみ与えられるからです。

キリストは罪の犠牲として捧げられました。彼の犠牲は今日罪のためだけの犠牲です。もしキリストの犠牲が拒絶されたなら人にはたったひとつの選択肢 が残るだけです。それは男も女も自分の罪の罰で苦しむことです。この罰とは死であり、神との永遠の断絶です。しかし、キリストに信頼する者は、キリストか ら「彼らの罪をもはや思い出さない。」と言っていただけるのです。

ヨム・キッパーと再臨

もしあなたがキリストの再臨についてのみことばを吟味するなら、ヨム・キッパーの言葉遣いが用いられていることを見出すでしょう。以下はその例で す。

イザヤ 52:13 見よ、わたしの僕は栄える。はるかに高く上げられ、あがめられる。  (The New Covenant references to this include Acts 2:32-35; 5:30-31; and Philippians 2:9-11). 14 かつて多くの人をおののかせたあなたの姿のように/彼の姿は損なわれ、人とは見えず/もはや人の子の面影はない。

この表現はほふられていく子羊を描写しています(イザヤ53:7)。イザヤ52:14は人が非常に傷つけられたので、その人とは分からないことを描 写しています。さらに、イザヤ50:6は彼のひげが引き抜かれたと言います。詩篇22:14,17は彼の骨はみなはずれ、人々の前に裸にされたと語りま す。また彼は引き裂かれたともあります(詩篇22:13)。

イザヤ52:13〜14がイエスの初臨について語っていると理解するなら、15節はキリストの再臨について語っていることに気づきます。

イザヤ 52:15 それほどに、彼は多くの民を驚かせる。彼を見て、王たちも口を閉ざす。だれも物語らなかったことを見/一度も聞かされなかったことを悟ったからだ。

「それほどに多くの民を驚かせる」という言い回しは大祭司がヨム・キッパーの時に神の贖罪所に血を注ぎかけることへの言及です(レビ16: 14)。これはまたレビ1:5、11、3:2,8,13,4:6,17,7:2への言及です。

聖書がイエスは多くの国々を驚かせると言うときに、それは大祭司がヨム・キッパーの時に、神の贖罪所ですることを表わしています。ですから、神は人 々の罪を赦されるのです。イエスは初臨で預言者として来られ、大祭司となられ、王として戻られたのです。

イザヤ 63:1 「エドムから来るのは誰か。ボツラから赤い衣をまとって来るのは。その装いは威光に輝き/勢い余って身を倒しているのは。」「わたしは勝利を告げ/大いな る救いをもたらすもの。」  2 「なぜ、あなたの装いは赤く染まり/衣は酒ぶねを踏む者のようなのか。」 3 「わたしはただひとりで酒ぶねを踏んだ。諸国の民はだれひとりわたしに伴わなかった。わたしは怒りをもって彼らを踏みつけ/憤りをもって彼らを踏み砕い た。それゆえ、わたしの衣は血を浴び/わたしは着物を汚した。」

この箇所はキリストの再臨を描写しています。3節は血を浴びた衣について語ります。もう一度ここで、大祭司イエスはヨム・キッパーのときに地上に 戻って来られることが述べられています。

ヨエル 2:15 シオンで角笛を吹き/[ここで語られている角笛はメシアの王国を導く角笛のことです。それは最後の角 笛であり、ロシュ・ハシャナの時に吹かれます。], 断食を布告し、[これはヨム・キッパーに関連した断食のことです。], 聖会を召集せよ。 16 民を呼び集め、会衆を聖別し/長老を集合させよ。幼子、乳飲み子を呼び集め/花婿を控えの間から/花嫁を祝いの部屋から呼び出せ。

ヨエルのこの箇所において、私たちはメシアの産みの苦しみとして知られる7年間の患難が終わったり、そしてメシアは従者たちと共に子羊の婚宴に行く ために戻ってこられることが分かります。

ヨエル 2:17 祭司は神殿の入り口と祭壇の間で泣き/ [こ の箇所は毎年行われる、至聖所での祭司の務めについて語っています。 主に仕え る者は言うがよい。「主よ、あなたの民を憐れんでください。あなたの嗣業である民を恥に落とさず/国々の嘲りの種としないでください。『彼らの神はどこに いるのか』と/なぜ諸国の民に言わせておかれるのですか。」 

「あなたの民を憐れんでください。」という言い回しによってここでは何を伝えようとしているのでしょうか?答えを得るために、ザカリヤ12章と 14:1〜9を開かなければなりません。これらの箇所において、イエスがメシアの産みの苦しみ(患難)の後に戻って来られ、エルサレムは包囲されようとし ていることが分かります。イエスの足はオリーブ山の上に立ちます。大きな地震があり、神の王国が完全な力をもって現われます。

イエスは同じ出来事ををマタイ24:27〜31で語られました。マタイ24:31で、吹き鳴らされた角笛はイエスによるもので、それは大きな角笛 (ラッパ)でした。この角笛はヨム・キッパーの時に吹き鳴らされました。この角笛はイエスの再臨の先駆けだったのです。なぜなら、大きな角笛w(ラッパ) はヨム・キッパーの時だけに吹かれるからです。イエスは大きな角笛(ラッパ)の音とともに戻って来ると言われたのは、イエスがはっきりとヨム・キッパーに 再臨することを明らかに言われたからです。

タイプ(型)はキリストが贖罪日に再臨されることを明白にしています。問題は、それを未来のことと見るか、すでに起こった出来事であったとするかで す。私は聖書はそれはすでに起こったと明らかにしていると信じています。

ヘブル 9:6 以上のものがこのように設けられると、祭司たちは礼拝を行うために、いつも第一の幕屋に入ります。 7 しかし、第二の幕屋には年に一度、大祭司だけが入りますが、自分自身のためと民の過失のために献げる血を、必ず携えて行きます。8 このことによって聖霊は、第一の幕屋がなお存続しているかぎり、聖所への道はまだ開かれていないことを示しておられます。

ヘブル9章の背景は贖罪日です。7節は大祭司が贖いのために至聖所に行くことについて語っています。ここで8節を注目しましょう。別の言い方をする と旧い契約について私たちに与えられた記録の責任は聖霊にあるということです。そして幕の内側と外側が分けられているということの意味は、神の臨在への道 がまだ開かれていないということです。ユダヤ人たちは物質的な幕屋が存在することによって、神の臨在の中に入ることが許されない状態に留まり続けているの でした。

第一の幕屋がなお存続しているかぎり」ということばは、旧い 契約がまだ効力を持つと言う意味の、「第一の幕屋はまだ建っているかぎり」というようにより良く訳せるでしょう。旧い契約が効力を持つ限りは、人は神の臨在への道を持たないのです。Prior 神殿と旧い契約の崩壊の時、すなわちイエスの再臨の前は、だれも天に行きませんでした。紀元70年のイエスの再臨の前は、死んだそべての人が死者を留める 場所に行き、そこでキリストの贖いの業と死者の復活を待ったのでした。キリストの再臨まで、人は神の臨在に行くことはできなかったのです。

1ペテロ 1:5 あなたがたは、終わりの時に現されるように準備されている救いを受けるために、神の力により、信仰によって守られています。

救いが啓示される備えがなされていました。それは何時なのでしょうか?最後の時、キリストの再臨の時です。

ヘブル 9:28 キリストも、多くの人の罪を負うためにただ一度身を献げられた後、二度目には、罪を負うためではなく、御自分を待望している人たちに、救いをもたらすため に現れてくださるのです。

これは新約聖書がキリストが戻られることを再臨と読んでいる唯一の箇所です。ヤングの字義的翻訳聖書では「二度目は、罪のいけにえとしてではなく、 現われます」と訳しています。

キリストの再臨の時に、彼は「彼を熱心に待ち望む人々の救いのために」来られるということに注意してください。キリストが再臨されるのを熱心に待ち 望んでいるのはだれでしょう?もう一度、聴衆の妥当性(第一読者)という聖書解釈学の原則を思い出しましょう。キリストの再臨を熱心に待ち望んだのは一世 紀のクリスチャンでした。キリストが紀元70年に再臨された時、彼は救いの完成を示すために神殿を破壊し、人は神の臨在への道を与えられたのです。

聖書は「キリストも、多くの人の罪を負うためにただ一度身を献げられた後、二度目には、罪を負うためではなく、御自分を待望している人たちに、救い をもたらすため に現れてくださるのです。」と言います。キリストの再臨の時、キリストは彼を熱心に待ち望む人々を救うために来られる予定だったのです。この箇所の「救う」ということばの意味は 何でしょうか?「救う」のギリシャ語のことばは「ソテリア」です。それは広範囲の意味を持ちます。贖罪日について語られている文脈での使用は、ここで贖い について用いていることを示しています。再臨によって十分で完全な贖いがもたらされたのです。

ルカ 21:27 そのとき、人の子が大いなる力と栄光を帯びて雲に乗って来るのを、人々は見る。28 このようなことが起こり始めたら、身を起こして頭を上げなさい。あなたがたの解放の時が近いからだ。

この節の文脈にある「このようなこと」とはエルサレムの崩壊です。エルサレムが滅び、旧い契約が終わるために主が戻られた時に贖いは完成しました。

出エジプトの類型: 過越の解放はイスラエルが約束の地に入るまで完成しませんでした。過越の子羊の犠牲をもって始まった過越は出エジプト12章で紹介されています。しかし、 その時イスラエルはまだ奴隷でした。彼らはエジプトの束縛にありながらも最初の過越の食事をしました。民数記9:5で、民は再び過越の食事を食べました が、その時は荒野にいました。そしてヨシュア記において彼らは約束の地に入ったのです。

ヨシュア 5:9 主はヨシュ アに言われた。「今日、わたしはあなたたちから、エジプトでの恥辱を取り除 いた(ガラ)。」そのために、その場所の名はギルガルと呼ばれ、今日に至っている。 10 イスラエルの人々はギルガルに宿営していたが、その月の十四日の夕刻、エリコの平野で過越祭を祝った。

イスラエルの歴史を通して、過越祭は過越の子羊の血が塗られた家を神が憐れまれたことを思い出させるだけではなく、その結果生じたエジプトの奴隷か らの解放(それはヨルダン川を渡った40年後に完成しました)を思い出させるのです。約束の地に留まることによって完成した贖いは、その時彼らにとって本 当のエジプトからの贖いとなったのです。これは第二の出エジプト世代にも当てはまります。彼らの贖いは主が彼の花嫁のために戻って来られるまで完成しな かったのです。

贖罪日に祭司が神の臨在の中にいることができることを(レビ16:20)、贖罪日のことを別の言い回しで「顔と顔を合せる」と言います。「顔と顔を 合せる」は贖罪日のための言い回しです。贖罪日には大祭司が神殿の幕の内に行かなければなりませんでした。その時、イスラエルは息を止めなければなりませ んでした。国の命運は神がいけにえを受け入れてくださるかどうかにかかっていたからです。大祭司は「贖罪所で顔と顔をつきあわせ」ました。「顔と顔を合せ る」は以下の箇所に用いられています。

1コリント 13:9 わたしたちの知識は一部分、預言も一部分だから。10 完全なものが来たときには、部分的なものは廃れよう。 11 幼子だったとき、わたしは幼子のように話し、幼子のように思い、幼子のように考えていた。成人した今、幼子のことを棄てた。12 わたしたちは、今は、鏡におぼろに映ったものを見ている。だがそのときには、顔と顔とを合わせて見ることになる。わたしは、今は一部しか知らなくとも、そ のときには、はっきり知られているようにはっきり知ることになる。

「完全なものが現れた」という以前の学びで学んだように、これはキリストの再臨のことです。

ヨム・キッパーからヨベルの年(奴隷の解放)は始まりました(レビ25:9〜11)。ヨベルの年の究極的成就は主の再臨の時に起こりました。人が 失った相続の完全な回復が起こったのです。ですから、ヨベルの年と贖罪日は紀元70年に起こった神の贖いの計画の完成を語っているのです。紀元70年はヨ ベルの年でした!

神は御力をもって「私たちの喜びの季節」と呼ばれる仮庵祭の前に贖罪日を制定されました。イスラエルの子たちと主イエスキリストにあるすべての信者 たちは贖われ、罪が赦されたことを喜ぶことができたのです。


パート1
パート2
パート3
パート4
パート5


※この主の祭りシリーズ(5回)はベレアン・バイブル・チャーチのカーティス牧師のメッ セージです。このメッセージはカーティス牧師の許可を得て翻訳掲載しています。無断転載などはお止めください。



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