使命(calling)と職業(occupation)

聖書箇所 ルカ5章27、28節

イントロ:

★    何週か前にふたりの金持ちという話しをしましたが、その時に出てきたザアカイという人は「取税人」という仕事をやっていました。今日の箇所に出てくるレビという男も取税人でした。さて、ルカは彼のことを「レビ」と呼んでいますが、マタイの福音書では、「マタイ」と書いています。すなわち、ルカの取税人レビはマタイの福音書を書いたマタイなのです。

★    さて、取税人のことを少し話しておきましょう。まず、取税人は嫌われ者でした。それは、彼らが必要以上の税金を取り立てたからです。どうしてそのようなことをしたのでしょうか?当時、世界を支配していたローマ帝国は税金を取り立てる役人を雇うという方法を取りませんでした。取税人はお役人ではなかったのです。ローマ帝国は会社(ある人々)に税金を取るという権利を売りました。ローマはその会社から先に税金を取りました。会社はその後、取税人を送って税金を取り立てたのです。ローマが取税人の会社から受け取った金額は莫大なものでした。取税人たちは自分たちがローマに支払ったよりもはるかにたくさん税金を取って儲けようとしました。

★    取税人たちは帝国の役人ではありませんでしたが、ローマ帝国も取税人たちの背後にいて彼らをサポートしました。ですから、取税人に反抗することはローマ帝国に反抗することでもあったのです。彼らはビジネスマンでした、その上、ローマ帝国は税金の法律を持っていませんでしたから、取税人たちは自分たちの特権をしっかりと用いたのです。

★    取税人という仕事自体が罪であり、悪いことなのではありません。その証拠にバプテスマのヨハネは、バプテスマを受けに来た取税人たちに仕事を辞めるように命じたのではなく、決められたもの以上を取ってはならないと命じたのです。(ルカ3:12,13)

★    さて、この嫌われ者である取税人とイエスさまとの出会いから使命と職業について大切なことを学びましょう。

本論

(1)レビの職業

★    もう一度この取税人の名前を見ましょう。彼の名前は「レビ」でした、聖書の祭司という神に仕える仕事をする部族の名前です。取税人ということだけで嫌われるわけですが、その取税人が祭司の部族出身ということはさらに嫌われる理由となったのです。それにもかかわらず、彼は取税人という仕事を選んでいたのです。彼がどうしてこの仕事を選んだのか聖書は語っていません。しかし、嫌われてもお金を選んだ背景に何かがあるのは確かなことでしょう。

★    私たちが職業を選ぶときに、何を考えて選ぼうとするでしょうか?子どものころになりたい職業を聞かれたら、あこがれの職業を口にするでしょう。しかし、高校生になり、大学生になってくるとずいぶん現実的になってきて、多くの人たちが他にやることがないのでこれを選んだということになってしまいます。そうなるとより給料の高い職業ということになるでしょう。レビ(マタイ)は祭司の家系に生まれましたが、祭司になれませんでした。神に仕えるはずの仕事をするはずでしたが、大人になったとき、彼はそれを選べませんでした。それどころか、人々から嫌われる仕事を選んだのです。ただ、お金が儲かるという理由で。

★    あなたは、将来どのような職業につきたいと願っているでしょうか?職業を考えるときに大切なことは何でしょうか?それは仕事(ワーク・ジョブ)ではなく、使命(コーリング)です。

★    ある時レビはイエスさまに出会いました。そこで、彼は単に仕事をするという職業ではなく、使命が与えられ、それに生きるという職業へとコーリング、呼び出されたのです。

(2)使命の重要性

★    私たちは、自分の未来を完全に知ることはできません。しかし、聖書は私たちの未来は神の手の中にあると教えています。神が私たちの人生を握っておられ、この方は良い方であるなら、私たちは職業を含めて神に自分の将来を期待できるのではないでしょうか。

★    聖書を見ましょう。ルカ5章27節に、「この後、イエスは出て行き、収税所に座っているレビという取税人に目を留めて、『わたしについて来なさい。』と言われた。」とあります。イエスさまはここで、レビをコーリングされ(呼ばれ)ました。

★    レビはここで選択を迫られました。取税人の仕事を続けるのか、イエスのコーリングに応じるのかという。彼にはお金がありました。また、ローマの権威もありました。当時の職業で嫌われはするものの最も経済的に安定した職業を彼は持っていたのです。

★    イエスさまのコーリングはどうでしょうか?イエスさまはどう見てもお金持ちではありませんから経済的安定は期待できないでしょう。旅から旅の生活を強いられます。社会的権威などもありません。目に見える形では取税人が断然安定しています。イエスさまのコーリングに応じても目に見える形では何も期待できなかったのです。ところが、28節を見ると驚くべきことが書かれています。「するとレビは、何もかも捨て、立ち上がってイエスに従った。」

★    レビは何もかも(オール)捨てました。あれほど大切にしていたものをすべて捨ててイエスさまのコーリングに応じたのです。もちろん職業がイコール、コーリング(使命)であることがあります。しかし、ここでは使命と職業を違うものと考えて話しをしたいと思います。

★    コーリング(使命)とは何でしょうか?ノースという学者が「その人の代わりを見つけることが最も難しい、その人の最も大切な仕事」と定義しました。レビにとって取税人という仕事は他の人が取って代わることができたのです。しかし、キリストの弟子となり、マタイの福音書を書くという仕事は他の人が取って代わることはできなかったのです。彼は自分が福音書の記者になると知ってキリストのコーリングに応じたのではありません。先に一般的なキリストの弟子となるというコーリングを謙遜に受け入れたのです。

★    実はすべての人に神のコーリングがあります。しかし、多くの人々は自分の考えや生き方に忙しく神のコーリングを考えずに生きています。また、自分の将来は十分には見えていないため、今だけを楽しく愉快に生きればいいと考えて生きてしまします。しかし、イエスさまに出会い、神のコーリングがあることを知るとき、私たちはどんなときでも、イエスさまのコーリングに備えて生きることが可能となるのです。

★    ひとりの宣教師の話をして終わりましょう。彼は18世紀後半から19世紀の始めに生きた「近代海外宣教の父」として知られる人です。彼は若いころ見習い靴職人でした。もし、あなたが靴職人だったらその余暇、暇な時間をどのよう過ごしますか?彼はラテン語、ギリシャ語、ヘブル語、フランス語、オランダ語を学び、十代のうちに、六ヶ国語で聖書を学ぶことができました。そのため宣教師になってインドに行ってからも、数多くの言語で本を書き、文法書や辞書も編纂しました。彼は農業を発展させ、医療事業を行い、学校や大学を建て、ガンジス川に乳児を捨てることをやめさせ、夫の火葬の薪の上で、未亡人を焼き殺すこともやめさせました。この宣教師の名前はウイリアム・ケアリーと言います。

★    彼のスタートは見習い靴職人でした。しかし、彼は自分の人生を小さく見なかったのです。大きな神のご計画を信じ、いつでも神のコーリングに生きる準備をしたのです。

★    神はすべての人々に宣教師や牧師になるというコーリングを与えられるのではありません。神はすべての職業が尊いものであると言われます。しかし、大切なことはあなたが神のコーリングの職業に就くかということです。

(3)コーリングに生きるために大切なこと

★    第一に、神のご計画を信じることです。人生にはいろいろなことが起こります。しかし、どんなことも神の許しなしには起こらないし、神が最もよいご計画を持っておられることを信頼して人生を送ることが大切です。

★    第二に、私たちには未来が分からないのですから、神がどのように導いてくださってもいいように備えましょう。人格を作ること、勉強をすること(特に英語をやりましょう。)、技術を持つことなど、できるかぎりの準備をするのです。

★    第三に、柔軟な心、謙遜なこころを持つことです。聖書は高ぶりは破滅に先立つと語っています。柔軟さ、謙遜さがないと私たちは、自分のかたくなさによって道をふさいでしまうことになるでしょう。

★    イエスキリストの神はあなたを導かれるかたです。この方に信頼しコーリングにこたえるために歩んでいきましょう。


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