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<プレテリズム・過去派解釈>
バック・トゥー・ザ・フューチャー***過去派の視点

by: ケネス・ジェントリー Th.D.



 最近の一連の関連書やカンファランスの多さを見ても明らかなように、プレテリズム(過去派)の視点は現在の預言に関する議論のの中で、その存在を明らかにし始めました。残念ながら、1830年代に始まり、フューチャリズム(未来派)のシステムの中で出来上がったディスペンセーショナルな終末論は、今日の福音派の説教、教育、出版、そして放送にいたるまですっかり支配しています。その結果、福音的なクリスチャンたちは新参者のように見えるプレテリズム(過去派)にほとんど馴染みがありません。ところが、プレテリズム(過去派)はフューチャリズム(未来派)と同じぐらい古いものなのです。今世紀(訳者注:「20世紀」)は、その影が薄くなったものの、今日に至るまで何世紀にも渡って著名な聖書を信じる神学者たちが表明してきた立場です。

 最も知られ、最も馴染みのある過去のプレテリストは「教会史の父」である、エウセビオス(紀元260〜340年)です。彼の古典的教会史には、紀元70年のエルサレムへの災いが詳しく記されています。ヨセフスの「ユダヤ戦記」から長く引用をした後、エウセビオスは「まさにこれらの出来事を前もって語られた私たちの救い主の真実の預言をヨセフスの記した出来事であるとすることはふさわしいことです。」と書きました(3:7:1−2)。それから、エウセビオスはマタイ24:19〜21を中心に、後でルカ21:20、23、24を引きあいに出してオリーブ山での説教に言及しています。エウセビオスは、「もし、だれでも私たちの主のことばと戦争全般に関する歴史家が上げる他の出来事とを比較するならば、どうしても私たちの救い主の予知と預言がほんとうに神からのものであり、驚くべき不思議であることを認めないわけにはいかない。」(3:7:7)と結論付けています。

 マタイ24章を紀元70年に当てはめた別の古典的文献は、Clementine Homilies(2世紀)です。「神殿に関する預言で、イエスは『このすべてのものに目を見張っているのでしょう?まことに、あなたがたに告げます。ここでは、石がくずされずに、積まれたまま残ることは決してありません。』(マタイ24:2)、『そして崩壊が始まるまで、この時代は過ぎ去りません。』(マタイ24:34)と言われました。そしてイエスが言われたように、その言葉を話された人々の只中で、私たちが自分の目をもって見ることができる事がらが起こりました。」(CH3:15)

 アレキサンドリアのクレメント(紀元150〜215年)はダニエルの70週を過去の出来事として語っています。「週の前半、ネロは統治し、聖なる都エルサレムにおいて憎むべき者として立ちました。そして週の半ばにネロは取り去られ、オトー、ガルバ、ウィテリウス、ヴェスパシアヌスが最高権力に上り、エルサレムを破壊し、聖なる都を荒廃させました。」(Miscellanies1:21)有名なプレミレニアリスト(前千年王国論者)のテルトゥリアヌス(紀元160〜225年)はローマの侵略に対して、「そして、その結果、彼らの嵐のような時期に、ユダヤ人たちはダニエルの預言した70週の預言を成就しました。」(An Answeer To The Jews,8)と書きました。

 昔の多くの人たちは、黙示録さえも紀元70年に当てはめています。カパドキアのアンドレアス(5世紀)は、黙示録の注解書で、「テトスによって包囲され、崩壊させられたエルサレムの出来事にこの箇所を当てはめる人は少なくはありません。」(6:12)と言及しました。その後、彼は「これらの出来事はローマ人によって加えられたユダヤ人たちの苦しみを表わしている。」とコメントしています。(7:1)有名な教会史家のヘンリー・ウェイスによると、アンドレアスの注解書は「ギリシャ人教会の中で、最も初期の組織的注解書」です。アンドレアス自身も、「黙示録の意味を解き、その後に続く時代のためにふさわしい適用を与えるために」書いたと告げています。


 カパドキアのアレサス(6世紀)も、黙示録の注解を提供しています。ウェイスによると「編集者でしかないと称している」けれども、「その内容のほとんどの部分は寄せ集めかもしれないが、たんなる先人たちの業績の複製品」ではありません。アレサスは特に黙示録の様々な箇所を紀元70年の出来事と結びつけています。(黙示録6韓)

 歴史をさらに進めると、黙示録のプレテリスト(過去派)的解釈を大きく体系化したスペイン人のイエズス会士アルカサル(1614)がいます。これと同じ頃、ヒューゴ・グロティウス(1583〜1645)、
Jean LeClerc (1657-1736)といったすばらしい改革派のプレテリストたちがたくさん現われました。実際に、もっともすばらしいウェストミンスター・アッセンブリーのひとりジョン・ライトフット(1601〜1675)は確固たるプレテリストでした。タルムードとへブラニカからの新約聖書の注解書において、2テサロニケ2章にさりげなく言及しながら、ライトフットはマタイ24章のすばらしいプレテリスト(過去派)的解釈を提供しています。テサロニケの箇所で、「引き止める者」とは、怒り狂った皇帝クラウディオスであり、ユダヤ人の中に引き止めていると考えられるべきだと論議しています。(2:312)

 ライトフットは黙示録1章7節は、「イスラエルという非常に邪悪な国家にキリストは復讐しておられる」ということを語っているいう考えを受け入れています。(2:319,422)そこで、ライトフットは「文字通りの地上のすべての諸族」(イスラエル)の中から「キリストを突き通した者たち」(ユダヤ人)への神の裁きとしてのキリストの再臨として解釈しています。このようにライトフットは非常にプレテリズム(過去派解釈)に傾倒していたので、黙示録の全体的テーマはイスラエルの裁きであると提案しています。「さらに、付け加えておいても良いことは、『この意見は(もし私がしっかりと理解していなかったとしたら)、黙示録の著者の方法を発見することにあまり助けにはならないかもしれない』ということです。」このことは、彼を「黙示録4、5章に設定されている裁判のような情景と黙示録20章4節の多くの座は『栄光の御座』について語っており、『不忠実で、反抗的で、邪悪なユダヤ人たちにもたらされるキリストの裁きとして理解されるべきであり』、『この意味において、私たちはキリストが栄光のうちに来られるという言及に非常に頻繁に出会います。』」という結論へと導いています。(2:266)

 さらに私たちの時代に向かって進むなら、
偉大な聖書解釈学の学者ミルトン・S・テリー(1840〜1914)はプレテリスト(過去派)の理論体系に基づいて多くの出版をしました。彼のプレテリスト(過去派)としての確信は古典的書物である「Biblical Hermeneutics」(1885、再版1974)と「Biblical Apocalyptics」(1898、再版1988)の両方に現われています。名高いスイス系アメリカ人の教会史の学者であるフィリップ・スカッフ(1819〜1893)もまた、彼の古典的書物「キリスト教会の歴史」(1:825−852)の中で黙示録のプレテリスト(過去派)的解釈を公表しています。

 これまでで黙示録のいちばんすぐれたプレテリスト(過去派)の注解書は、著名なアメリカの会衆派モーゼス・ステュアート(1780〜1852)による黙示録の注解書です。メソジストの学者アダム・クラーク(1762〜1832)によるいまだに人気の高い黙示録の注解書は紀元70年に焦点をおいたライトフットの取り組みに多くの部分追従している。また、名高いアングリカンの歴史家であるF・W・ファラー(1831〜1903)による「The early days of Christianity」も同じように見受けられる。ベイカー・ブック・ハウスは最近、長老派の弁証学者ゴードン・S・クラークの父、デイヴィッド・S・クラークの「パトモス島からのメッセージ」(1921、再版1989)を再販しました。

 私たちの時代に入るならば、数名の改革派の注解書が近年のプレテリズム(過去派)のリバイバルの燃料となっています。J・マーセラス・キックの「勝利の終末論」(1971)は私たちのために非常に詳しくオリーブ山の説教を展開させています。さらに最近の業績には、デイヴィッド・チルトンの「大患難(The Great Tribulation)」(1987)、ゲイリー・デマーの「終わりの日の狂気(Last Days Madness)」(1991)、そして私(ジェントリー)の「危険な時代(Perilous Times)」があります。

 
近年に見られる黙示録のプレテリスト(過去派)的注解書のリバイバルの第一段階には、ジェイ・E・アダムスの「The Time Is At Hand」(1966)、コーネリウス・バンダーウォールの「Search The Scripture:Hebrews to Revelation」(1978)が含まれます。さらに最近になると、デイヴィッド・チルトンの「The Days Of Vengeance」(1987)、スティーブ・グレッグの「Revelation:Four Views」(1996)、私も寄稿したマーヴィン・ペートの「Four Views on the book of Revelation」と私の近刊予定の「A Tale Of Two Cities」(1999)がある。R・C・スプロールの「The Last Days According To Jesus」(1998)はイエス(オリーブ山)とヨハネ(黙示録)の預言の真実さを擁護する弁証の道具としてプレテリズム(過去派解釈)を採用しています。

 プレテリズム(過去派解釈)の歴史をかんがみるとき、さまざまな枝葉があることに注意すべきです。それはちょうど前千年王国説にも、モルモン教やエホバの証人のようなカルト的なもの、スコフィールドやライリのようなディスペンセーショナルなもの、ラッドやクロミンガのような歴史的なものがあるように。今日、プレテリズム(過去派解釈)にも大きく3つの区別があります。

 リベラル・プレテリスト(ジェームス・モファットの1940年のExpositor's Greek Testamentのような)は一般的に、預言を出来事が起こった後の偽預言として紀元70年の預言を考えます。特に黙示録はエルサレムの崩壊に対する歴史的応答からくるユダヤ人とクリスチャンのさまざまな口伝を編集したものと考えられています。リベラル・プレテリストは多くの裁きの預言を紀元70年のこととして正しく認識していますが、霊感された預言の本質を間違って否定しています。彼らの研究はしばしば批判的な解釈のくずがふるいわけられるならば貴重な歴史的で文法的な宝石を含んでいます。

 ハイパー・プレテリスト(J・S・ラッセルのThe Parousia 1887、再版1983、1997)はプレテリスティックな箇所にたくさんのすばらしい洞察を与えてくれます。あいにく、彼らは時間的に限定された裁きの箇所(「まもなく」とか「すぐに」という限定されたことばが含まれているテキスト)から集めた有効な所見を拡大しすぎて、将来起こるキリストの再臨が事実預言されている時間に限定されていない箇所にまで適用しています。このプレテリズムは、死者の復活、大審判、キリストの再臨を含むすべての終末論的出来事を紀元70年に合わせるようとします。その結果、彼らは、キリストの未来における再臨を否定することによって歴史的正統主義の潮流から去って、そのシステムを強力に当てはめることによってキリストの肉体の復活を否定することさえします。この概念はカルトのような視野の狭く、闘争的な信奉者を生み出しました。

 R・C・スプロールのような福音的(改革派)プレテリスト(過去派)は聖書の時間に関するテキストを真剣に扱い、非常に大きな影響をもたらす贖罪的歴史的出来事として紀元70年に当てはめます。その時、神が最終的に決定的に贖罪の焦点をユダヤ人からすべての民族に(マタイ28:19)、イスラエルという地域から全世界に(使徒行伝1:8)、神殿を中心とした礼拝から単純で霊的な礼拝(ヨハネ4: 21-24)へ広げられたと主張します。もっとも、そのような時間の目印が終末論的テキストにないところでは、福音的プレテリストはその預言を歴史の終わりであるキリストの再臨に当てはめます。西暦70年の裁きは、キリストの再臨に関連づけられ(また、旧約のバビロン捕囚に関連づけらています。)、また実際にキリストの再臨の予示なのです。


 ですから、プレテリストは、クリスチャンが「バック・トゥー・ザ・フューチャー」するために聖書預言に興味を持つように勧めます。それは、多くの場合、第一聴衆(Original audience)にまで戻り、そこからの近い将来を見なければならないと言うことです。そして、プレテリズム(過去派解釈)自身の歴史的性質を理解するために、私たちは最近のディベートを越えて、キリスト教の歴史の中を走る解釈の潮流を見なければなりません。


<※訳者注:ジェントリーは信条と正統性の問題から、ハイパー・プレテリズム(フル・プレテリズムとか、パンテリズムとも言う)を異端視していますが、ハイパー・プレテリストたちはソーラ・スクリプトゥラから議論しようと応戦しています。残念ながら、聖書の解釈だけを土台にした場合、ジェントリーもスプロールも十分納得できるディベートが出来ない状況が現在だと考えられます。今後のプレテリスト陣営のディベートを通してより聖書的解釈、終末論理解が深まっていくことを訳者は期待しています。訳者の立場として、ハイパー・プレテリズムを異端視することはできません。>

<※訳者注2:ハイパー・プレテリズム(フル・プレテリズム)に対して、福音的プレテリズムをパーシャル・プレテリズムとか、オーソドックス・プレテリズムと呼ぶことがあります。>
 

これはの論文は、Rev.Kenneth L. Gentry, Jr., Th.D. の許可をいただいて翻訳・掲載しています。


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